大野まずは、FRESHJIVEのヒストリーを簡単に教えてくれる?
リックOK! 僕がFRESHJIVEをスタートさせたのは、1989年。当時の僕はスケート、サーフィン、そしてスノーボードといったボードスポーツにのめり込んでいた傍ら、デリシャス・ヴァイナルっていうヒップホップのレーベルで仕事をしながら、LAのナイトライフを夜な夜な楽しんでいてね。アパレルに関しては、アートスクールに在学していた頃から興味があって、将来、自分が携わっているカルチャーをすべて反映させたクロージング・カンパニーを立ち上げたいなって思っていたんだ。僕のLAでのライフスタイルを反映させたクロージング・カンパニー、ハイファッションでもなければ、サーフ・ブランドでもないものをね。
大野そこで生まれたのがFRESHJIVEなんだね。
リックYES。当時のLAには、クロスオーバーしたカルチャーを意識したブランドは存在していなくてね。誰もやらないなら、僕がやってやろうって思ったんだ。幸いにも、LAには僕の活動をサポートしてくる仲間が大勢いて、ブランドを立ち上げた当初からみんな応援してくれたんだ。彼らのお陰で、FRESHJIVEは、スゴく短期間でその名をLA中に広めることができたんだ。
大野1980年代後半から1990年代冒頭は、様々なストリート・カルチャーがLAで生まれた時期だよね。パーティーなんかもたくさんあって、街中で見かけるフライヤーもリックが手がけていたよね。
リックそうだね。僕は、当時LA近郊で行われていた各種パーティーの招待状やフライヤーのデザインを手掛けていた唯一のデザイナーだったんだ。1990年代の頭は、そういったことを仕事にしている人物が全くいなくて、みんながみんな僕のところへ仕事の依頼しに来ていたんだよ。クラブもいろんなタイプのものが出てきた時期で、ヒップホップ、レゲエ、ハウス、レイヴって感じでね。
大野FRESHJIVEは、ストリート・ブランドのパイオニア的存在だよね。
リックFRESHJIVEをスタートさせた当時、僕はまだまだ全然の若僧で、周りの関係者は口を揃えて「あんなガキんちょができるんなら、俺らもやろうぜ」って。そんなノリでストリート・ブランドはLAで広まっていったんだ。大勢の人たちにインスピレーションを与えたのは、確かな話だと思うよ。
大野ここ最近のFRESHJIVEは、どんな調子なの?
リック実は、ここ数年で劇的な変化を遂げたんだ。
大野劇的な変化というと?
リック9年前に自らの哲学を変えてね。今らから9年前、巷では、誰もがストリート・スタイル一色だった。ファッション的に興味を持ってもらえたのは嬉しかったんだけど、ほとんどの人は「ブランド名」に左右されていてさ。街中を歩くのは、ロゴマークばかりで、僕はそんな状況に嫌気を感じるようになったんだ。僕は洋服をブランド名で選ぶタイプの人間ではないし、そんなシーンにはもういたくないってことで、2004年に一度FRESHJIVEを辞めてるんだ。
大野それでどういったきっかけで戻ってきたの?
リックFRESHJIVEを任せた僕のパートナーが他界してしまったんだ。彼の意思を受け継ぐためにも、それじゃあもう一度トライしてみようってことで。でも、昔と同じやり方では絶対にダメだって感じていたから……それなら、新しいコンセプトと共に再スタートしようって。
大野新しいコンセプトというと?
リックいろいろと考えた末、去年の年末に一つの大きな発想が頭に浮かんだんだ。経済が悪化していくと同時に、自分の中では、周囲のブランド志向に嫌気が差していて、本当に最悪な状況の中思い切って考えたのが、「ロゴマーク自体をなくしてしまえ!」ってことだったんだ。会社自体は、FRESHJIVEだけど、僕らが作るウエアには、一切その名前を使用するのを辞めようと思って。
大野お客さんは、どうやってそれがFRESHJIVEのアイテムだって判断するの?
リック何もないよ。あるのは、ただ真っ黒なタグだけ(笑)。でも、そうすることによって、お客さんはブランド名に縛られず、ウエアのデザインや生地、スタイルで判断してくれるようになると思うんだ。
大野それは、奇想天外な発想だね!
リック目指すは「アンチ・ブランド」カンパニーだよ(笑)。
大野ものスゴい勝負に出たね。
リックうん。でも、何に対しても常にチャレンジする精神を持っていたいから。リスクを背負っても、自分たちのポリシーを貫くことにが大切だと僕は思うんだ。
大野そのコンセプトの名前は?
リックそれも特に設けていない。全てのロゴを排除した、完全なる「ブランドレス」コンセプトだね。